時節柄、お米のご寄付をいろいろな方々からいただきます。
作っていらっしゃる方々からいただくことも多くて。
いつもありがたくも遠慮なくいただいているのですが、
よくよく考えたら(よくよく考えなくても)
私たち日本人の生命維持の根幹を成すものといっても過言ではないお米を、
「子どもたちに食べてもらいたいと思って」って言って持ってきていただける。
なんて贅沢なことだろう、と。
と同時に、昨年からまる1年以上続くコロナ禍での経済の落ち込みによって、
苦境の淵に立たされている卒園した子たちに対しての、救援物資としても
活用させていいただいており。
そんな意味でもさらにありがたい限りです。
わたしたちはたくさんの方々から日常的にご寄付をいただきます。
お米やお菓子などの食べもの、
本やマンガ、ゲームなど娯楽用品
ストレートに「お金」
(授業でスキーがある土地柄)こども用のスキー用具
などなど。
「いただく」っていうことに慣れちゃいけないな、と。
あたりまえじゃない。文字通り
「有り難い」こと。
いただくことはあたりまえじゃない。
ここのブログで何回も「お金ください」って書いてるくせに
どの口が言ってるんだ、って自分でも思うけども。
でもやっぱりあたりまえって思っちゃいけない。
「子どもたちに」って思ってくれる気持ちの部分も含めて
「有り難い」こと。
そんなありがたいすべてのみなさんに感謝を。
朝晩の冷え込みと共にそんなことを思う今日この頃。
えんちょう。